ロリコンだったからなあ
でも 素晴らしいお仕事をしたもんね
完璧じゃなくていいけど
子どもにはいいように利用されたよね
それでも
親だから


自業自得っていうのはかわいそうで

病気になった時
誰か側にいてくれたかな
看護師さんじゃなくて

いや

できれば
最後の最後まで

若いかわいい看護師さん口説いていてほしかったわ

三つ子の魂百までもを徹底してほしいわ

そういう人嫌いじゃない

最後の最後に聖人君主なんてくだらない




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by gavo220607 | 2017-07-23 06:28 | 訃報 | Comments(0)

朝から泣くなあ

黒岩ゆかり

くろいわ ゆかり
1961 - 2017
宮崎市郡医師会病院の内科(緩和ケア)科長
    56歳で亡くなりました。
  • 1961年に誕生、2017年02月に亡くなりました。
  • 暮らした時代は、昭和(29年間)、平成(29年間) です。

黒岩さんは山口県出身で、慶応大医学部大学院の博士課程を修了。
川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンターで緩和ケア病棟医長を務めた後、
2001年、宮崎市郡医師会病院に緩和ケア病棟が発足した際、最初の医長に就任した。
(宮崎日日新聞より)


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年が1つしか違わないのに
人のために生きた人が亡くなって
それも
遥か遠い地の人が亡くなって
私は生きてるだけだなあ

それでも
自分は生きている意味があるのだと
無理やり思っていないと
生きていられないとは
情けないくらい

こころが暇なのかもしれないなあ

仕事しよう
そうしよう

生きてることって
ただ

泣くことだけじゃないんだ
さよならだけじゃないんだ
うんこもおしっこもするし
ごはんもたべて
人を憎んだり
ののしられたりすることなんだ
つまり
命のあるものと関わっていくために
私はいるんだから
1人暮らしで山の中にいる人だって
野菜や動物を育てていると思うんだ
チーズやきのこの菌をせわしてるかもしれない

まあ
とにかく
私はおかあさんのお世話から始める朝がある

ゆかりってなまえが
悲しかっただけ

お線香とお花を上げて
朝を始めよう




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by gavo220607 | 2017-07-21 05:40 | 訃報 | Comments(0)

去年 会いに来てくれたおかあさんの一番下の妹

誕生日を目の前にして 69歳で亡くなった。

私は 親族であるにもかかわらず
まったくそういう付き合いをしてこなかった小学校の時の幼馴染と
ひょんなことから連絡を取り合うようになった。

九州長崎は縁があるらしい。

佐世保かあ 物産 にすぎ から 
生ちゃんぽん
うどん
やまほどの エイヒレ

なんでも デンタルなミュージシャンだそうだ

私はミュージシャンという言葉にえらい厳しい耳を持っている。
まあ 身長も体重も似たようなもんだから
会って飲んだらクジラにしか見えないと思うけれども
いつ会うのかわからん

九州に行くきっかけにはなるかもね

楽しい事には辛いことがつきもので

今日は 叔母が亡くなって
チェリーヒデの入院けってい

一週間は出てこないらしい。
多分その後も 半年はダメかもしれない。

病院に連れて行ったら
おかあさんですかと言われてちょっと心外だったが
そんなもんだろうとおもう。

平日の昼休みだぞ
40過ぎの男を連れて行くのは会社関係の人だけだろうと思うがな
看護婦がバカなのか
対応もひどかった。

私の体調も悪いが
おかあさん次第で葬式はいけないかもしれない

あした調整がつけばいいけれど

今朝も 「川に流してね」とか言ってたから

おばさんが迎えに来てくれるかもしれないなあ

っつうか
ほとんど親族で行く人がいないのは
いろいろな事があったからだし
親族の拗れはどうにもならんのよ

これでおかあさんに何かあったら
遠くの親族は立て続けで申し訳ないけどね
今年に入って父方も母方も一人ずつ亡くなったことになる

ひどいときは5人重なったことがあって
新記録を作るためにはあと4人、、などという
不届きなことは思わないけどね←書いてるじゃねえかっちうてもねえ

ああ 行く気にはなっているけれども
どこから金額をねん出するかが問題だ

やっと 学校終ったのに
金の溜まる暇なし

くわばらくわばら



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by gavo220607 | 2017-05-16 21:44 | 訃報 | Comments(0)

とうとう

会いに行く前に
死んでしまったわ


ぺぺ

今泣いているわけにはいかないから
泣かないで我慢するね

どうもおかしいなあとおもいはじめて
やっぱり二年なのよ

予感があたらなければいいと思い続けてきたけれど

まさか

こんなに早く行かれるとは

おもいおこせば
もうネットの中では一番古い付き合いであったにもかかわらず
この一年は全く音沙汰なしで

それも
フェイスブックをやめたからなんだけど

あんなに優しい人が
何もお返しできないままで

すみませんでした

ほんとうにごめんなさい

これから お別れを言う人の方が増える

でも どんなに何を言われても
何が起ころうとも

私はしっかり生きていくからね

ペペを忘れないよ

じゃあね


さようなら


またね
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2017.1.12没 ぺぺへ

アントンちゃんに元気でいてもらわないとね

私はいまだに 幼馴染が死んでしまったことを受け入れていないところがある。
死んでしまってから何をしてもむなしいのだけれど
残されたもののつとめとはいえ
泣くよりも虚脱感の方が大きくて
男の人たちのはわからないけれど
アントンちゃん がっくりきてると思うの

いくら 神様を信じていても
試されている時とは私は思いたくないわ

どんなに 悲しい時も
親が死んでも子供がいなくなっても
愛する人が去っても
健康な肉体は食を欲するものなのよ
うんこもでるのよ しっこもでるの

あんとんちゃん 寂しいね
さびしいね

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by gavo220607 | 2017-01-15 20:37 | 訃報 | Comments(0)